人に迷惑をかけないと教えることが不可能な時代か

| コメント(0) | トラックバック(0)

「人に迷惑をかけないように」と子供の頃言われたことがある。これには他人の気持ちを思いやって、自分がその人だったらイヤだと思う行いをやめる、という精神的な働きが必要となる。この前提として、自分と他人との価値観やものの考え方に、それほど大きな違いが無いことが上げられる。このことがよりどころとなって、実際の相手の気持ちと自分が想像したそれとが大きくは違わないことが期待できる(実際には必ずしもそうではないが)。

価値観などがあまり違わないという前提に、普段からその差分を解消できるだけの人間関係の濃さや、世間一般で共有できる価値観があったと思う。これに対し、現在のように人間関係が希薄になり、共有可能な価値観が失われつつある時代では、良くも悪くも人間が持つ価値観の多様化が進んでいく。

このような状況で、果たして他人の気持ちを思いやることが可能なのだろうか。非常に隔たりのある価値観を持つ二人の間で、「迷惑をかけないように行動しようとする」ことは、相手にとって思い切り迷惑なことだったりしないと言い切れるだろうか。

自分と全く異なる価値観を持つ相手とつきあうためには、単に思いやるだけでは不可能になり、自分の意志を伝えつつ、一つ一つ相手に確認していくという高度な作業が必要になる。全く文化の異なる外国人とつきあうときのように。果たしてそれを教えられる人がどれだけいるだろうか。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://orima.jp/mt/mt-tb.cgi/2455

コメントする

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 6.0.3

このブログ記事について

このページは、orimaが2005年6月21日 01:52に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「帰りもZaurusにはまりまくり」です。

次のブログ記事は「知らなかった・・・」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。